在庫管理に携わる方なら、こんな場面に心当たりがあるのではないでしょうか。
「商品が売れ残って倉庫がいっぱいに…」「逆に、売れ筋商品が欠品してしまい、せっかくのチャンスを逃した」
こうした在庫の過不足に悩む状況は、どんな規模のビジネスでも起こり得るものだと思います。
在庫を持ちすぎると保管費用や廃棄ロスが増え、資金繰りにまで影響を与えることがあります。一方で、在庫不足は顧客の信頼を損ねるリスクもあります。では、こうした問題をどう解決すればよいのでしょうか。その答えの一つが「適正在庫」の考え方にあるのではないでしょうか。
今回、適正在庫とは何かという基本的な定義から、その算出方法や具体的な運用のポイントまでを丁寧に解説させていただきます。
読者の皆さんが適正在庫について理解を深め、より効果的な在庫管理を目指すための参考になれば嬉しいです。
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適正在庫とは、過剰在庫による保管費や廃棄ロスを抑え、欠品による販売機会の損失を防ぐために、必要最低限の在庫量を維持する考え方です。このバランスを取ることは、多くの企業にとって課題となっています。需要の変動やリードタイムの長さ、仕入れロットの大きさなど、さまざまな要因が在庫量に影響を与えるため、単純な計算では最適化が難しい場合もあります。
この課題に対応する方法の一つとして、制約条件の理論(TOC: Theory of Constraints)が注目されています。TOCでは、供給プロセスや生産工程における「ボトルネック」となる部分を特定し、その工程を中心に在庫の調整を行うことが求められます。たとえば、仕入れロットが大きく、どうしても在庫が増えてしまう場合でも、ボトルネック手前に適切な在庫バッファを設けることで、全体の効率を最適化できるとされています。
適正在庫を考える際には、在庫を持ちすぎることによるコスト増加と、持たなすぎることによる販売機会損失の両方を見据えた調整が必要です。この考え方を導入することで、業務の効率化やコスト削減、さらには顧客満足度の向上を図れるといわれています。
ボトルネックを中心とした在庫バッファ管理
生産ライン全体のパフォーマンスは、もっとも稼働が遅い・制限が大きい部分(ボトルネック)で決まります。ボトルネック手前に必要な在庫を確保することで生産の停滞を防ぎ、ボトルネック以外の工程では在庫を過剰に持たないようにコントロールできます。
必要以上の在庫を持たない効率的なオペレーション
ボトルネック以外の工程は必要最低限の在庫で回せるようになるため、過剰在庫によるコスト増や廃棄ロスを抑制できます。
需要予測
過去の販売実績や季節ごとの需要変動をもとに、1日あたりや1週間あたりの平均販売量を推定することが多いです。
リードタイム
発注から納品・生産完了までにかかる期間。想定より長引く場合もあるので、ある程度の余裕がほしくなるところです。
最低ロット(仕入れ/生産)
小分けが難しい原材料や、取引先との契約条件によって、どうしても一定数以上を仕入れなければならない状況があり得ます。
ボトルネックバッファ
TOCの考え方では、もっとも処理が遅い工程やリソースが生産全体のペースを左右するといわれます。その工程が止まらないように、一時的なバッファを備えておく意識が重要です。
安全在庫
需要予測やリードタイムにズレが出たときのクッションとして用意する在庫数です。過去の実績や誤差を踏まえて設定すると安心だと思います。
適正在庫の役割
・需要やリードタイム、制約条件を総合的に踏まえた“全体最適”な在庫
・ボトルネック工程で生産が止まらないよう必要最低限の在庫を持ちつつ、他工程や倉庫スペースは在庫を持ちすぎないようにすることを目指す
安全在庫(Safety Stock)の役割
・需要予測やリードタイムのばらつき、緊急トラブルへの備えとしての“バッファ在庫”
・いわば「不測の事態」に備えて追加で確保する“クッション”が安全在庫
・安全在庫は、制約条件の理論やボトルネック管理と無関係ではなく、むしろボトルネック工程の稼働を止めないために特に重要な概念でもある
・安全在庫は需要変動や不測の事態への対応策であり、あくまでも「想定以上の需要やリードタイム延長など、予測誤差を吸収するため」の在庫です。
・適正在庫は「日々の通常稼働や仕入れ・生産ロット、リードタイム、ボトルネック工程の処理能力などを考慮した“平常運転時”の必要在庫」であり、安全在庫も含めた全体像といえます。
在庫を管理する仕事に関わっていると、「もっと効率的に倉庫を使いたい」「売上のチャンスを逃さないようにしたい」という願いが生まれる一方で、過剰在庫の処分や欠品への対応で頭を抱えた経験もあるかもしれません。在庫の適正化を意識しはじめることによって、コスト削減だけでなく事業の成長にもつながる可能性がでてきます。ここでは、そんな在庫数を調整するうえで大切なポイントを三つの視点からお話ししたいです。
1. コストを削減する効果が期待できる
在庫が多すぎると、保管スペースを確保するための費用や維持管理の手間が増えてしまいます。温度管理が必要な品物なら光熱費もかさみますし、さらに廃棄リスクや廃棄費用もばかにできないと思います。「もう少しまとめて仕入れたほうが得だ」と判断して山ほど在庫を抱えた結果、置き場所不足になる可能性もゼロではございません。また、保管費とキャッシュフローが圧迫されると新しい投資もしにくくなるため、在庫をなるべく見直すことは重要ではないでしょうか。
2. 需要変動やリードタイムに対応しやすい
在庫を過剰に抱えすぎると売れ残りのリスクが怖いですし、逆に足りないと販売機会を失いかねません。需要が読みにくい時期や、リードタイムが長めの仕入れ先を相手にしていると特に神経質になりますよね。例えば、分かりやすい例ですと、海外からの輸入品を扱う場合がイメージしやすいと思います。場合によっては予定よりも納品が遅れる可能性もあるのではないでしょうか。
このようなリードタイムの長い商品の仕入の場合、もし適度な在庫バッファを用意できていれば、欠品を回避できるので結果的に顧客満足度につながります。過剰在庫と欠品リスクを同時に減らすというのは、最初は難易度が高そうに思えますが、需要予測の精度を上げたり仕入れサイクルを調整したりすることで、ある程度バランスが取りやすくなってきます。
3. ビジネスを成長させる下地になる
在庫の調整がうまくいくと、経営側から見るとキャッシュフローが安定するだけでなく、新商品への投資や販促への予算も確保しやすいと考えられています。出荷作業がスムーズになれば、スタッフの負担も減ってサービス品質を保ちやすくなります。
在庫数を具体的に弾き出すとき、「とりあえずデータを当てはめればうまくいくはず」と考える方もいるかもしれません。けれど、いざ需要と供給のズレやリードタイムの長さに直面すると、そんな単純にはいかない場合も多いです。ここでは、そうした失敗を繰り返さないために、在庫数を見極める前に確認しておきたい要点を順番に見ていきたいです。
需要予測の正確性を高める
数を読み違えると、あっという間に在庫過多か欠品につながってしまいます。過去の販売実績や季節の変動をチェックしていくのは基本として、単純に前年同月の実績だけを見るのではなく、外部要因を探る必要があります。
発注リードタイムの把握
仕入れ先がどのくらいの時間で商品を届けてくれるのか、あるいは取引条件によって納品サイクルが変動しないかを確認しておかないと、想定よりも早く在庫がなくなったり、逆に仕入れが間に合わず販売機会を逃したりすることもあります。仮に在庫を追加したいと思っても、間に合わないケースがあるなら、先を見越した余剰分を持つ必要が出てくるかもしれません。
生産リードタイムとサプライチェーンの状況
外注か内製かによって製造にかかる期間が大きく変わることがあります。とくに輸入を含むサプライチェーンは複数の企業や国をまたぐため、関税や輸送手段の変更がスケジュールを揺らすこともあり得ると感じています。一方で、内製ならすぐに調整できるメリットはありますが、その分、設備のメンテナンスや人員配置の都合で生産が止まる場合もあるでしょう。どういった形でモノが動くかを具体的に把握しておくと、在庫をどこにどの程度確保するか考えやすくなると思います。
安全在庫とのバランス
需要の揺れやリードタイムのズレを吸収するために、「余分に在庫を持っておきたい」と思う瞬間は少なくありません。私も怖がりなほうなので、売れ行きが急に伸びる可能性を考えると、つい多めにストックしたくなるときがあります。しかし、持ちすぎてしまうと保管費や廃棄リスクが高まり、かえって経営を圧迫するかもしれません。安全在庫はあくまで必要最小限にとどめるという意識で、どの程度までバッファを見積もるかを慎重に考えると、バランスが保ちやすくなるはずです。
適正在庫の算出方法にはいろいろとごあいます。制約条件理論を踏まえた、適正在庫の算出方法、その他の方法を紹介させて頂きます。
下記は一例であり、実際には業種・業態やデータ精度によって異なります。
適正在庫 = [1日あたり平均需要 × リードタイム] + ボトルネックバッファ + (最低ロット要件 - α) + 安全在庫
・1日あたり平均需要 × リードタイム:リードタイム中に必要とされる在庫量
・ボトルネックバッファ:ボトルネック工程が停止しないためのクッション。在庫を“止めない”ために最低限必要な余剰
・(最低ロット要件 - α):最低ロットがある場合、最低発注(生産)数による過剰分をどこまで含めるかの調整項。「α」は過去の実績データや需要予測の精度、在庫の減り具合などを踏まえて調節する
・安全在庫:需要予測やリードタイムのばらつきを吸収するための在庫
単純平均在庫法
最も基本的な方法として、「単純平均在庫法」が挙げられます。これは、ある一定期間の在庫量の平均値を求めるもので、計算がシンプルな分、精度を求める際には限界があるかもしれません。
計算式
単純平均在庫 = (期首在庫 + 期末在庫) ÷ 2
具体例
期首在庫が500個、期末在庫が300個の場合
(500 + 300) ÷ 2 = 400個
(需要予測+安全在庫)× リードタイム
この方法は、需要予測と安全在庫を組み合わせて在庫数を計算するため、変動がある場合にも対応しやすいといわれています。リードタイムを加味することで、納品までの期間中に必要な在庫を確保することを目的とします。
計算式
適正在庫 = (1日あたり需要量 × リードタイム) + 安全在庫
具体例
1日あたりの需要量が50個、リードタイムが5日、安全在庫を100個と設定した場合
(50 × 5)+ 100 = 350個
販売実績・需要予測ベースの詳細計算
需要予測の精度を高めるために、過去の販売実績データや季節ごとの変動要因を取り入れる方法です。特にAIやIoTを活用してデータ分析を行うと、需要予測の精度がさらに向上する可能性があります。
具体例
例えば、過去3か月の平均販売数が60個で、特定の季節に1.2倍の需要増が見込まれる場合
60 × 1.2(季節要因) = 72個(1日あたりの需要予測値)
在庫回転率を用いた方法
在庫回転率は、在庫がどれだけ効率的に利用されているかを示す指標です。この数値を基に在庫量を調整することで、過剰在庫を減らす取り組みが可能になります。
計算式
在庫回転率 = 年間売上原価 ÷ 平均在庫
具体例
年間売上原価が100万円、平均在庫が20万円の場合
100 ÷ 20 = 5(回/年)
ABC分析などの管理指標を用いた方法
ABC分析は、在庫を売上や重要度に応じてランク分けする手法です。たとえば、売上に大きく貢献する「Aランク」、それほど重要でない「Cランク」と分類し、それぞれで異なる在庫方針を取ることが一般的です。
具体例
Aランク商品:需要予測をもとに細かく管理し、常に適正数を維持する。
Cランク商品:余剰在庫を減らし、必要なときに発注する形を取る。
在庫管理におけるABC分析をどのように活用するのかを知りたい方は、このページ「ABC分析とは?在庫管理の効率アップとコスト削減の秘訣」を読んでみてください。
在庫管理は、一度調整すればそれで終わりだと考えがちですが、実際には常に在庫状況を見直し、現場と連携しながら運用を改善していくプロセスが重要です。ここでは、在庫管理のポイントとなる運用方法について具体的に紹介させていただきます。
在庫モニタリングの重要性
「在庫の状況をいつでも正確に把握できていますか?」という問いかけに、自信を持って「はい」と答えられる方は意外と少ないのではないでしょうか。
在庫モニタリングを行うときには、定期的なチェックだけでなく、バーコードスキャナなどを活用して、リアルタイムで在庫データを収集する方法が便利です。これにより、欠品や過剰在庫を早期に発見し、迅速に対応できるようになります。
在庫管理システムの活用
クラウド型やIoTを活用した在庫管理システムは、複雑な在庫管理をシンプルにするための強力なツールです。以前、私はスプレッドシートで管理していた在庫数があまりに膨大になり、「これでは限界だ」と感じたことがありました。そんなとき、システムを導入したことで、データの自動更新やアラート機能に助けられた記憶があります。
具体的な機能としては、以下のようなものがあります。
在庫数の自動更新:入荷や出荷の情報をリアルタイムで反映。
需要予測の連動:過去データをもとにした需要予測機能。
アラート機能:在庫が基準値を下回ったときに通知。
これらの機能を活用することで、在庫管理の精度が上がるだけでなく、管理業務の負担を大きく軽減できると感じています。
棚卸し(定期・循環)の実施
在庫管理システムが整っていても、現場での確認作業をおろそかにすると、実際の在庫数とデータの間にズレが生じることがあります。これは、在庫数が多ければ多いほど起こりやすい問題です。
棚卸しは、在庫数を確実に確認するための基本的な取り組みです。
定期棚卸し:月に1回など、一定の間隔で全体の在庫を確認。
循環棚卸し:特に重要な商品や頻繁に動く商品を随時チェック。
棚卸し作業をシステムと連携させることで、手間を減らしつつ、データとの整合性を維持できるのではないでしょうか。
発注担当・現場スタッフとの連携
最後に忘れてはいけないのが、実際に在庫を扱う人々との連携です。いくらシステムが整備されていても、現場スタッフや発注担当者とのコミュニケーションが不足していると、運用はスムーズにいかないものです。
こうした問題を防ぐには、定期的なミーティングや現場からのフィードバックを取り入れる仕組みが有効だと感じています。また、スタッフが意見を出しやすい環境を作ることも重要です。「もっと効率的な方法があるかもしれない」と思う意見を現場から引き出せれば、運用の改善につながることが多いです。
適正在庫を導入するための手順は以下になります。
現状分析
まず最初にやるべきことは、現在の在庫状況を正確に把握することです。「倉庫に何がどれだけあるのか」を調べるだけでなく、それにどのくらいのコストがかかっているのかを明確にする必要があります。
例えば、過剰在庫が原因で保管スペースが不足していたり、逆に欠品が頻発してクレームが増えている場合、それがどの程度の損失につながっているのかを洗い出します。具体的には以下の項目をチェックすると良いでしょう。
在庫量:商品ごとに現在の在庫数を整理します。
コスト構造:在庫の保管費、廃棄費用、資金繰りへの影響を確認します。
欠品や過剰の発生頻度:過去半年~1年程度のデータを振り返ると、問題点が見えてくるかもしれません。
目標設定
現状を把握したら、次に「どういう状態を目指すか」を具体化します。これを曖昧な目標にしてしまうと、効果を測定できなくなります。数値で分かりやすく目標を立てることが大切です。
たとえば、以下のようなKPI(重要業績評価指標)を設定するのが一般的です。
・欠品率を◯%以下に抑える
・在庫回転率を現在の2倍にする
・保管コストを年間◯円削減する
必要システム・ツールの選定
次に、自社に適した管理システムやツールを選びます。ただし、なんでも高機能なシステムを選べばいいわけではなく、運用体制や規模に合ったものを見極めることが重要です。
例えば、在庫規模が大きくない場合にはシンプルなクラウド型システムが十分役立つでしょう。一方で、複数拠点や多数の商品を管理する必要がある場合は、IoTやAIを活用したシステムが効果的かもしれません。
選定時のポイント
・現場のスタッフが無理なく使える操作性があるか。
・既存のデータベースや管理方法と連携できるか。
・在庫数や動向がリアルタイムで見られる仕組みがあるか。
運用フロー・モニタリング体制構築
最後に、在庫管理の運用フローを整え、定期的なチェック体制を構築します。どんなに良いシステムや目標があっても、日々の運用が疎かになると計画通りに進みません。
フロー構築のポイント
・発注サイクルを見直す:どのタイミングで発注をかけるかを明確に設定。
・モニタリング体制を強化する:定期的なデータ確認や棚卸しを実施。
・PDCAサイクルを回す:運用中の問題点を洗い出し、次回以降の改善につなげる。
適正在庫は、在庫過剰によるコスト増や欠品による販売機会損失を防ぎ、効率的な在庫管理を目指す考え方です。適正在庫を導入するには、現状分析で在庫状況やコストを把握し、具体的なKPIを設定することが重要です。また、リードタイムや需要予測を考慮した計算方法を選び、クラウド型システムを活用してリアルタイムのモニタリングを行うことで、運用の精度が高まります。
運用面では、現場スタッフとの連携や定期的な棚卸し、改善サイクル(PDCA)の構築が欠かせません。これにより、保管コスト削減やキャッシュフローの改善が期待でき、欠品や過剰在庫のリスクを抑えられます。適正在庫の導入は、長期的な業務効率化と経営の安定に寄与する取り組みといえるでしょう。